ユエン・ウーピンとサモハン・キンポー

artichoker2005-01-04


チャウ・シンチー登場までの画面の充実振りはすべてサモハンに負うものだろう。
演出、カメラとも香港映画のイメージを覆すような出来栄えでしばし陶然となる。
しかしその緊張が最後まで持続しないのがまた香港映画が香港映画たる所以でもある。
前作で最後まである程度の緊張を保ったまま撮りきったという事態の方が例外的な出来事であった。
だが本作の場合、持続というよりも完全な断絶があると思われる。つまりユエン・ウーピンとサモハン・キンポーである。だれもサモハンのようには撮れないのだ。
一本の映画の中で、伝統的なカンフーアクションとCGによるアクションが否応なく対比されるという点で特異な性格を帯びたこの作品はチャウ・シンチーが、その絶対的な断絶を目にしてしまった瞬間から軟着陸を余儀なくされた。サモハンにあと何本撮らせることができるのか。それだけが心配である。

http://www.ifjtokyo.or.jp/culture/cinema_j.html#CC